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【解説コラム】不妊治療クリニックの年齢制限は医師法違反?【弁護士が解説】

 

不妊治療クリニックの年齢制限は医師法19条1項(応召義務)違反?

今回は、寄せられることが多い質問の1つである、

医師の「応召義務」について弁護士が解説します。

不妊治療分野で良く聞かれるのが、「年齢制限があるクリニック」について、

応召義務違反ではないのか?という内容です。

 

患者側としては、

患者側から事前に得られる情報は少ないのが通常で、

下調べにも限度があり、病院選びが難しいという現状はあると思いますので、

診療を拒否された場合には、応召義務の問題と考えるのだと思います。

 

そこで、

この点を解説するにあたって、初めに、

ごく簡単に応召義務とは、と言うことを解説した上で、

次に、

応召義務についていくつか注意しなければいけない点がありますので、

その点を解説します。

 

その上で、一番最後に、

本題である不妊治療クリニックの年齢制限の件に触れます。

 

応召義務とは

「応召義務」とは、

医師法第19条1項に規定される医師の義務であり、

診療に従事する医師は、

「正当な事由」がなければ、患者からの診療の求めを拒んではならない、
と規定されている義務のことです。

 

したがって、「正当な事由」がある場合は、

医師は患者からの診療を拒むことができる、

ということになります。

「正当な事由」があるかどうかは、いくつかのポイントで判断をされますが、

主に以下の3つのポイントが重要となります。

 

1.緊急対応が必要であるか否か(病状の深刻度)

緊急対応が必要な患者であれば、診療拒否が認められ難くなります。

 

2.患者から診療を求められたのが診察時間内か時間外か

診療時間外であれば、診療拒否が正当化される傾向が強くなります。

 

3.患者との信頼関係の有無

患者が暴れたり暴言を言ったり、迷惑行為を行ったりなどの事情により、

患者との信頼関係が失われた場合は診療拒否が正当化される傾向にあります。

注意する必要がある点

①応召義務の違反の有無と、医師に診療拒否された患者の損害賠償請求が認められるかどうかは【別の問題】です。

②応召義務違反により医師に患者に対する責任が直ちに発生するわけでは有りません。

③応召義務の違反の判断基準は時代背景によって変化しつつあり今後も変化していくと考えられます。

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まず、

の応召義務違反と損害賠償請求の関係について、

具体的に解説します。

 

「応召義務」というのは、

医師が患者に対して負っている義務ではありません

 

医師が国に対して負っている義務です。

(これを「公法上の義務」と言います。)

 

そのため、患者が医師に対して、

「あなたは私に対して、私を診る義務を負っている」

というのは厳密には間違いです。

 

この点が間違えやすいポイントの1つです。

 

 

そして、これを踏まえて、

次にの医師の責任問題についてです。

 

医師が診療拒否をしても、そのことだけで、

患者に対して何かしらの責任が発生することはありません。

 

※応召義務の違反には刑事罰なども設けられていません。

医師法違反をした場合は

「行政処分」(医師免許の取り消しや停止等)の可能性がありますが、

応召義務違反で過去に行政処分を受けた、

という例は確認されていないようです。

(後述する厚生労働省作成の参考資料1参照。)

 

では、医師は患者に対して、診療拒否をしても、

どんな場合でも何も責任を負うことはないのか?

というと、そんなことはありません。

 

患者が病院に行った時に診療拒否をされた場合に、

「応召義務違反だ!」と言うことがあるのですが、

実際は、患者側が言いたいことは、

「診療拒否が不当である」ということと、

医師の診療拒否の結果、「病気が悪化してしまったらどう責任を取るのか?」

ということではないでしょうか?

 

これを、法律的に説明すると、

医師と患者の関係は、

民法上の「委任契約」(準委任契約)関係にあると解釈されるので、

その(準)委任契約について、医師側に「債務不履行」があり、

これによって患者が損害を被った場合は、

医師は患者に対して責任を負います。

 

また、医師に民法上の「不法行為」があれば、医師は同じように責任を負います。

 

つまり、これは、

上記の応召義務(公法上の責任)の話ではなく、

「民事上の責任」の話です。

 

そして、

注意すべき点のの点ですが、

応召義務違反かの判断は、

時代背景に応じて、考慮される要素が変わっていっており、

本記事に記載する内容も、あくまでも現時点の内容で、

今後変化していく可能性が十分にある

ということです。

 

具体的には、

昨今では、医師の過労、長時間労働が問題になり、

働き方改革が行われて、

診療時間や診療人数などに制限が出るなど、

影響が出てきています。

昨今では、

診療時間外ということであれば、緊急の患者以外については、

即座に対応する必要はないと判断されることが多いでしょう。

 

以上の1から3の点を正しく理解しておきましょう。

不妊治療の年齢制限について

それでは、

本記事の本題である、

不妊治療に関して年齢制限を設けているクリニックは応召義務違反か?

という点についてです。

 

実は、不妊治療分野の診療拒否が応召義務違反になるかどうかで争われた裁判例は、

筆者が調べた限りですが、過去の裁判例のデータベース上は見当たりません。

 

したがって、以下に記載することは、あくまでも、

筆者(弊所の代表弁護士)の「私見」(個人的な見解)であることをご了承ください。

1.web上の年齢制限の記載は応召義務違反が問題ではないと考えられる

まず、

クリニックのホームページ上に、

一定の年齢までの患者を受け入れている旨を記載している場合、

応召義務違反かという点の検討が必要ですが、

この記載から直ちに応召義務に違反するとまでは言えないのではないかと思います。

 

応召義務の違反かどうかが争点になってきた事例は、

あくまでも、個別の患者が病院を受診した際に、

その場で診療を拒否されるという場面です。

 

一方、

ホームページ上のこのような記載を患者が見た場合、

自身の年齢が条件に満たない患者は、

通常その病院に通院するのを止めると思います。

そして、

別の病院を探して選択する、ということになると思います。

(つまり他の病院が選択可能な状態にあるということ)

 

このように、患者が自己の意思で、

通院を止め、別のクリニックを選択をしているため、

応召義務違反とは言えないと考えます。

2.年齢制限の基準が合理的な理由と判断されるか否か

それでは、

ホームページ上だけでなく、

実際に不妊治療クリニックを受診した際に、

年齢を理由として診療を拒否された(門前払い)された場合は、

どうでしょうか?

 

このケースでは、

その時の状況や経過を個別具体的に検討することが必要となります。

 

場合によっては応召義務違反になる可能性が無いとは言えない状況になります。

 

例えば、

応召義務では、一般的に、

単に「年齢」のみや「性別」のみを理由として診療拒否はしてはいけない、

と理解されています。

 

そのため、

あくまでも形式的に考えると、

年齢「のみ」を理由に受診を拒否した場合には、

応召義務に違反すると言えそうです。

 

ただし、実際には、

受診拒否の具体的な状況を見る必要があります。

 

例えば、

「婦人科」への受診が(生物学上の)男性であった場合、

診察拒否の理由は一見「性別」を理由としているように見えますが、

これを応召義務に違反すると考える人は少ないのではないかと思います。

 

その理由は、

婦人科は、生物学的に女性に起こる疾患などを診る機関である、

ということが一般的な認識であるため、

(生物学上の)男性の診察ができないとお断りすることに、

合理的な理由がある、と言えるケースが多いでしょう。

    (診療拒否に「正当な事由」があると判断されるためだと考えられます。)

 

このように、応召義務に違反するかどうかは、

実態や実際の経過を考慮する必要があります。

 

不妊治療クリニックの年齢制限に関しても、

例えば、昨今の不妊治療の保険適用が開始したことに伴い、

保険適用には43歳未満という年齢制限がありますが、

不妊治療クリニックで保険診療を基本とし、

この43歳未満という基準を設けてその患者のみを受け入れる、

としているとすれば、そのことは、

このクリニックの診療方針に関わることであり、

その理由も国の保険適用可能年齢を基準としているため、

一定の根拠があると考えられ、

この場合は、

直ちに応召義務違反とは判断されないと思います。

 

もっとも、

このような場合でも、上に書いた通り、

応召義務違反かどうかは、個別の事情などを「総合的に」考慮して判断されるため、

応召義務違反の可能性が全くない、ということまでは言えないことには、

注意が必要です。

 

また、上記に限らず、

クリニックごとに、治療方針(卵巣刺激が高刺激か低刺激かなど)が異なるため、

患者の希望する治療とクリニックの方針が合わない場合

(クリニックの方針に合わない治療を患者が無理矢理希望する場合など)は、

診療拒否や治療継続の拒否が正当化される事情になるでしょう。

 

診療科や診療分野ごとに、

専門性や、人員の数、

備わっている設備の状況なども異なり、

診療方針も異なりますので、

それらの状況を考慮して、

クリニックが患者に対して一定の受診の条件を設けることは有り得ますし、

そのことが応召義務違反に直結することはないであろうと考えます。

 

さらに、

当初より診療自体を拒否するのではなく、

少なくとも一度診察した上で、

患者の希望とクリニックの治療方針が違ったり、

クリニックの提供可能な医療の範囲を超えていることから、

医師から他院への受診を勧めたり、

他院を紹介したり、

あるいは診療を終了することは、

通常も行われていることであり、

そのことによって、

応召義務に違反するというケースは多くない、と考えられます。

 

以上の通り、

不妊治療クリニックで年齢制限を設けていても、

それが、一定の根拠に基づいていたり、

クリニックの治療方針から来ているものである場合は、

直ちに応召義務の違反になるということは考え難いと思います。

 

実際には、

個別の事情(具体的な診療拒否の有無や、それに至った理由・事実経過など)を、

具体的に検討して、個別に判断されるということになります。

 

なお、以上の内容について、参考資料として、

応召義務について昨今の状況を踏まえた厚生労働省作成の資料として、

厚生労働省の検討会の資料(参考資料1)と、厚労省から各都道府県知事宛の通知(参考資料2)が参考になります。

下記にリンクを貼っていますので、

ご興味のある方はご参照ください。

 

以上

 

【文責(筆者・事務所情報)】
〒150-0044 東京都渋谷区円山町6-7 渋谷アムフラット1階
甲リーガル法律事務所(きのえりーがるほうりつじむしょ)
代表弁護士 甲野裕大

 

 

【参考資料】

1.厚生労働省, 医師の応召義務について 第10回 医師の働き方改革に関する検討会 資料

(平成30年9月19日)

https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000357058.pdf

2.応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について

(令和元年12月25日)

https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000581246.pdf